便利な道具があふれる時代、手先を動かす機会が少なくなるのは仕方のないことです。
鉛筆削りがあるのに、あえてナイフで鉛筆を削るのは面倒くさい。
野菜をスライスするのに、包丁よりスライサー使う方が正確で、安全。
木を削るのに鉋をかけるのは難しいから、サンダーで仕上げる。
DIYブームと言われる昨今、電動工具の使い手は多少増えているかもしれませんが、
着実に手工具を扱える人は少なくなってきています。
三木の町には昔ながらの製法で、鑿、鋸、鉋など伝統的な手工具を作っている鍛冶屋さんが数多く存在します。それが他の金物産地にはない、播州三木の強みでした。
しかし現実は厳しく、廃業される方、包丁など別の金物に活路を見出す方など、昔ながらの大工道具を製造される鍛冶屋さんの数は着実に減少しています。
これは「使い手」の減少が一番の要因ですが、同時に「作り手」の減少も大きな要因の一つです。
三木の町でも「職人としての生き方」への憧れから、若い人がこの世界に飛び込んでくる機会も増えているそうですが、
「手を動かす機会が少ない時代」に育ってきた中で、本当の「作り手」として残る人は、圧倒的に減少しているのが現状のようです。
今回ご紹介する「刃物と日本人」の冒頭にこんな記述があります。
『「もの」や「こと」は道具でコツコツと作り出すものではなく、買うものになった。そもそも世の中が違う。就業人口の7割近くを、モノづくりにかかわらない第三次産業従事者が占める時代だ。こうした社会構造の中で、手の延長としての道具の意味を問いかけても、うつろに響くばかりである。』
この状況に、なすすべなく傍観しているだけでよいのか?
だから、私たちはシンプルに「刃物を使う楽しさ」を提案しようと思い立ちました。
「削るは楽しい」をテーマとしたワークショップを開始したのは、
とても遠回りかもしれませんが、
大工道具の原点である「木を加工してモノを作る」ことの楽しさを伝えたい、
そして手を使うことは「生きる力」を育む大切な習慣であるということを多くの皆様に知ってほしいからです。
「刃物と日本人」は、刃物の歴史から、教育と刃物、暮らしと刃物の関わり方について、日本エコツーリズムセンター理事でライターの鹿熊勉(かくまつとむ)氏による各プロフェッショナルへの緻密な取材を通じた、人間と刃物の今と昔の関係性、そして将来への指針が記された内容となっています。
この中で、『肥後守』を使い、30年以上前から子供たちに鉛筆を削らせ、砥石で刃を研ぐことを習慣づけている長野県池田町の会染(あいそめ)小学校の取り組みを紹介しています。
特に印象的だったのが、この取り組みを1983年に始めた元校長二村汎(にむらひろし)さんへのインタビュー。
「(取材時で米寿を迎え、インタビューの後すぐに入られた施設でのこと)手が使えなくなるのはとても問題で、高齢者施設でやっているトレーニングの基本はボタンの開け閉めなんだよ。右手と左手の違う作業をどう一緒にやるかという機能が衰えることの一つが高齢化なんです。(中略)右左の指の機能の違いをもう一度認識させるのが老化防止の手段になっているくらいだから、子供のうちから指をさび付かせてしまってはダメなんだよ」
二村先生が教師になる前に受けた戦前の教育の世界では、ゲシュタルト心理学というのが盛んに言われ、その中心的考えである「手は第二の脳である」、脳は手とつながっているので手を使うことは子供の成長の面でとても大切という考えを元に実践されたそうです。
鹿熊氏の取材を通じ、現代に生きる人と、刃物との関係を見ていく中で、「生きる力」とは?「教育の在り方」とは?について非常に考えさせられます。
「生きる力」を育むには「いかに子供たちを自立させるか?」ということが大切だと思います。自立心を育むには失敗を経験して自分で判断する力を高めることが重要です。
それにはもちろんリスクを伴います。刃物を扱う上で、それは怪我をすること。
怪我をすることを必要以上に恐れるあまり、自立をはぐくむことが置き去りにされ
「いかに子供たちを管理するか?」ということが、教育現場で重きを置かれている現状がとても残念でなりません。
先日、その「肥後守」を製造する「永尾カネ駒製作所」の永尾さんのところへ伺った際、この会染小学校の取り組みについての話題になりました。
今でも式典に際して、会染小学校が交通費を出して永尾さんを招待し、肥後守の作り手として大歓迎されるそうです。永尾さんの事務所には生徒さんからの感謝状が飾られ、その様子をとても嬉しそうにお話しされていました。
ただ最後に、「(30年以上にわたる会染小学校での取り組みを踏まえ)第二の会染小学校が出てこないのが残念でなりません。」とおっしゃっていたのが印象的でした。
「刃物と日本人」でも刃物を扱うことは「生きる力」につながる、その教育的効果についても詳しく書かれていますが、この本が発行されて久しい今でも、刃物教育を現場に持ち込むことの困難さを、この一言が物語っています。
刃物の負の側面がクローズアップされることが多い中、むしろ正しく使えたらとても楽しいものなのだ!というポジティブな印象を少しでも持ってもらえたら。
私たちはワークショップを通じて地道に理解者を増やす活動を続けていこうと思います。
そのうえで、この本は私たちの指針を示してくれる大切な一冊。
特に、子育て真っ只中の若い世代の皆さんに読んでいただきたい良書です。
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